自分が変われば周囲も変わる

倫理法人会とは

企業に倫理を 職場に心を 家庭に愛を

倫理法人会は昨年、誕生してから30年という節目を迎えました。
現在、全国47都道府県のすべてに活動の拠点を持ち、60,000社の会員企業を擁する団体として、社会的認知度も増しつつありますその活動の基軸となるものが「倫理経営」です。

倫理法人会とは何か—それは、社会を構成し、自然と共生する人間としての正しい生き方の法則(それを「純粋倫理」と呼んでいます)に根ざした経営にほかなりません。

倫理経営の核心は実践にあり。その主役は経営者自身です。経営者が自己革新の実践に挑み、人間性を向上させていくことで、社員も社風も確実に変わってきます。社内に活力が張り、安定した企業の成長がもたらされることを、数多くの先例が物語っています。

なによりも心強いのは、倫理経営を実践する経営者のネットワークが全国に拡がり、果敢な実践者が増大しつつあることです。今後とも 「よいことは人に勧めるべきである」 の精神で、さらなる倫理経営の普及に努め、壊れかけている日本の創造的な再生(日本創生)に資する活動を展開したく願ってやみません。

社長が変われば、社員が変わります。

倫理法人会は、
純粋倫理の実践によて自己革新をはかり、
健全な繁栄をめざす経営者の集まりです。
「自分が変われば周囲が変わる」を基底とし、
地域社会の発展と美しい世界づくりに
貢献することを目的としています。

宮崎県内に10の支部がある宮崎県倫理法人会は、まさしく そうした倫理経営を学び実践する経営者の集まりです

倫理法人会は実行によって直ちに正しさが証明できる純粋倫理を基底に、経営者の自己革新をはかり、心の経営を目指す人々のネットワークを拡げ、共尊供生の精神に則った健全な繁栄を実現し、地域社会の発展と美しい世界づくりに貢献する事を目的とした団体である。
これがため以下の『活動指針』と『会員心得』を掲げる。

【倫理法人会活動指針】
  1. 倫理の学習と実践の場を提供し、よりよい生活習慣と豊かな人間性を備えたリーダーを養成する。
  2. 深く家族を愛し、篤く祖先を敬い、和やかでゆるぎない家庭を築く人を育てる。
  3. 「明朗」「愛和」「喜働」の実践により、躍動する職場づくりを推進する。
  4. 愛と敬と感謝の経営をめざす会員の輪を拡げ、各種の活動をとおして地域社会の発展に寄与する。
  5. 自然を畏敬・親愛し、「地球人」たる自覚を深め、環境の保全と美化に貢献する。
【倫理法人会会員心得】
  1. 朗らかに働き、喜びの人生を創造します。
  2. 約束を守り、信頼の輪をひろげます。
  3. 3.人を愛し争わず、互いの繁栄を願います。

万人幸福の栞

倫理研究所を創設して「純粋倫理」を宣布した丸山敏雄は、そのエッセンスを17ヵ条の標語に要約して生活の指針としました。本書のすべてが、敏雄自身の実験、実証した事実に基づいています。以下に17ヵ条とその要点を記載します。

  1. 今日は最良の一日、今は無二の好機 〈日々好日〉寒い日、暑い日、晴れた日、雨の日といろいろあるけれども、どの日がよくてどの日がわるいということはない。今日が、いちばんよい日である。その今日は、今のこの一秒の集積にほかならない。今が最良のときだと心得て、気づいたことを直ちに行おう。
  2. 苦難は幸福の門 〈苦難福門〉病気や災難・貧苦・家庭不和など、生きていればさまざまな苦難に見舞われる。それら苦難は、生活の不自然さ、心の歪みが反映した危険信号である。苦難に直面したとき、嫌がったり逃げたりせずに、堂々と喜んでこれを迎えよう。苦難の原因を取り除くべく自分を改めれば、苦難は解決し、幸福・歓喜の世界が拓ける。
  3. 運命は自らまねき、境遇は自ら造る 〈運命自招〉人の一生は、運命というどうすることもできない力で、きまった道筋を引きずられていくものではない。自らの力できりひらくことができる。境遇も、あらかじめそう定められているいるのではない。自分の心の通りに、境遇の方が変わっていく。断固として正しい道を踏み、喜び勇んでことにあたっていくがよい。
  4. 人は鏡、万象はわが師 〈万象我師〉
    人は人だ、自分は自分だと、別々の生き物だと考えるところに、人の世の不幸が生じる。人はみな、見えない次元でつながっている。他人は自分の心や振舞いを反映する鏡なのだ。人を改めさせよう変えようとする前に、まず己を改めよう。身の周りに起こる現象は、自分を教え導く師匠である。虚心にその教えを聞き、心の歪みや偏りを正したとき、周囲は意のままにおのずと変わってくる。
  5. 夫婦は一対の反射鏡 〈夫婦対鏡〉
    夫婦は一組のあわせ鏡のようなものだ。たがいに照らしあい、お互いを映しあっている。だから相手を直そうとするよりも、まず、自分をよくしていくことである。夫婦は男女両性の神聖な合一であり、一家の健康・発展やもろもろの幸福を産み出だす源泉である。
  6. 子は親の心を実演する名優である 〈子女名優〉子は親の顔形から、立ち居振舞いや、癖にいたるまでよく似ている。のみならず親の心や行為をそのまま映し出し、身代わりに実演する。子供が悪くて困るというとき、子供を責めることなく、その原因は親にあると自覚し、親自身が改めることが先決である。
  7. 肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号
    〈疾病信号〉 

    肉体は心の容れ物、心の表れである。病気は一般に知られている原因のさらに奥に、真の原因がある。それは心の不自然なゆがみ・偏りで、生活の暗影(不自然さ)が自分の肉体に赤信号として現われたものだ。朗らかな、ゆたかな、うるおいのある心になれば、病気は自然に治癒していく。

  8. 明朗は健康の父、愛和は幸福の母 〈明朗愛和〉
    一人の明朗な心は、肉体の健康、家庭の健康、事業の健康のもとである。明朗な心を、一日も一分も曇らせてはならない。己が掲げた明朗のともしびで、他人もまた救われる。愛に満ちあふれて、皆がそれぞれにふさわしい場にあるさまを和という。宇宙は大和の姿であり、愛和はすべての幸福のもとである。
  9. 約束を違えれば、己の幸を捨て他人の福を奪う 〈破約失福〉大自然のきめごと(法則)は、守らぬと身を亡ぼし、命を失う。しかし人がきめた規約や約束は甘く見られている。これは大変な錯覚だ。約束はどんなことでも守り抜こう。まずは時間を守ることからはじめよう。法の網をくぐって手に入れた金銭・財産は、得をしたようで、その人の身につかないばかりか、かえってその人を、家を、不幸にする。
  10. 働きは最上の喜び 〈勤労歓喜〉人はただ生きているだけでは、何の意味もない。働いてはじめて生きがいがある。働く人は健康であり、長命である。働きが一切、働きが人生、働きが生命である。真心で働いたとき、かならず「喜び」という報酬が得られる。それは他のどんな喜びにもかえることはできない。喜んで進んで自分の仕事に邁進しよう。
  11. 物はこれを生かす人に集まる 〈万物生々〉物は大切に使うと、持ち主のために喜んで働き、粗末にあつかえば、反抗したり、ときには喰ってかかる。物は人とおなじように生きているからである。物をよく働かせる人は物にめぐまれていく。とりわけ物を象徴し、すべての財を具象した金銭は、もっとも敏感な生き物である。金銭はその人の努力に正比例し、欲心に反比例して集まってくる。
  12. 得るは捨つるにあり 〈捨我得全〉物事はいつも順調に運ぶとはかぎらない。どうしても出来ないこともある。にっちもさっちもいかない絶体絶命のとき、どうすればいいか。思いきって欲心を捨ててしまう。何の未練も、予想も、後悔もなく、きれいさっぱり捨ててしまう。ときには生命すらも投げ出す覚悟を決める。すると、予想だにしなかった好結果が生まれる。私情雑念をさっぱりと捨てて、明朗闊達な心境に達したとき、かならず危難から逃れられる。
  13. 本を忘れず、末を乱さず 〈反始慎終〉
    枝葉のことには気をつけるが、何事につけても本を忘れがちである。初心を忘れ、受けた恩を忘れるから、いつしか怠け、過ちをおかす。わずかな困難にも耐えることができない。常に本を忘れず、また後始末をきちんとすることが大切である。とりわけ、わが命の本である両親の恩を思い、祖先を敬する心を培おう。
  14. 希望は心の太陽である 〈心即太陽〉
    都合がよいから希望をもつのではない。一度しかない人生、二度と出くわすことのない仕事だから、その前途に燃えるような希望をもつのだ。うまくいかないから望みを失うのではない。望みをなくすから、崩れていくのである。希望はいくら灯しても尽きることのない永遠の光である。
  15. 信ずれば成り、憂えれば崩れる 〈信成万事〉自信のないことは失敗する。憂え心を抱いて弱気になると、物事はうまくいかなくなる。きっと出来るという信念が、そのことを成就させる。信は力である。決心も誓いも祈りも信の現われである。人の世の交わりは信によって成り立つ。信は、動いて愛となる。乱れは、信の欠けたことから起こる。
  16. 己を尊び人に及ぼす 〈尊己及人〉
    世の中に、たった一つしかない宝というべき自分自身の個性を、できるだけ伸ばして、人のために働き、身をささげよう。それが自分を尊ぶことになる。己を尊ぶの極は、ささげることにある。ささげつくして己が無くなったとき、一切が己となる。
  17. 人生は神の演劇、その主役は己自身である 〈人生神劇〉
    宇宙の生命、統一の中心、万象の根源、これを神あるいは仏という。神は幽なるもの、すべてはそこに一と統べられている。人生も、自分だけの小さな知恵や力を超えた、もっと大きなものによって動かされ、創られていく神の演劇である。私たちはその演劇の主人公であるから、演出の作法である純粋倫理に則して、力いっぱい生き抜いていこう。
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